Calender

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< June 2018 >>

Categories

Archives

Recent Entries

Recent Comment

w closet×JUGEM

ごあいさつ
お得な情報籠球家族お問い合わせ

灸屋

空の旅 福岡へ

だいぶ間が空きましたが、フェイスブックでは既出になります、わたくし、夫婦で福岡に行ってまいりました。


目的は「研修」です。


妻が私と並び灸屋の施術担当としてデビューするにあたり、この僅かなチャンスを捻出して、貴重な学びを得てまいりました。



私は自他共に認める感覚派、ではないかと(笑)思いますが、妻は地道な積み重ねを得意とする実直派


どういう形でリリースしていこうかとまだ思案中ですが、間もなく、両輪体制でスタートしていきます♫



  • 2018.04.29 Sunday
  • 17:23

灸屋

2代目鍼灸院空→はりきゅうマッサージ普門庵

はりきゅうマッサージ普門庵

 

こちら以前に対談形式的なカタチで記事を作成しました、2代目鍼灸院空さん(JSBみたいでちょっとカッコイイ)の新しい治療院のブログです。

 

 

平塚にいらっしゃった頃はそうした試験的な取り組みも含めてやり取りがありましたが、ご結婚とともに転居され、治療院は新たに設置されたような〜?と思いつつ、年賀状のやり取りくらいで詳細を知らなかったのです

 

 

ふとしたきっかけを頂き、改めてご連絡をしたところ、こちらのブログを紹介して頂いたので、ご案内いたします。

 

 

ぐいぐい物理的な刺激と、さだまさしのライブのように「トークの方が長いな」、という灸屋とは真反対のベクトルで、カラーセラピーとか刺激が本当に優しい治療院さんですww

 

 

東京虎ノ門と、大磯のダブル治療院体制でご活躍のようです。

 

 

ぜひ♪

 

 

 

 

 

  • 2018.03.13 Tuesday
  • 10:28

灸屋

マッサージを教えるという新境地

 

安定の黒バックイラストでこんにちは。

 

ビジネスとして具体的に固まってるんじゃないですが

 

 

「マッサージを教えること」

 

 

を始めようと思い立ちました。

 

 

 

会社では指導側にいましたし、訪看さんやヘルパーさんの事業所でマッサージをレクチャーすることも担当していました。

 

 

公民館では震災後に地域の方へ向けたマッサージの講習を持ちました。

 

 

 

正直言えば、特に公民館での講習ではまったく教えることに手ごたえがなかったのでこれまで教える発想はなくなってました。

 

 

つまり、マッサージって教わるよりもやってもらいたいもんだ、というのが切々と伝わってきたので(笑)

 

 

講習会をしても、結局やってあげちゃう感じで終わるのが定番でした。

 

 

その方が喜ばれるからマッサージをしてあげること自体は全然問題ないのですが、教えるという事については意義なしと考えて自分の中では「はい終了〜」と思っておりました。

 

 

 

それに、マッサージって、ある程度数をこなすとうまくなるんですよ、自分がやってもらって気持ちいいな〜と思える人って、人に対しても気持ちいいな〜っていうマッサージが出来るもんなのです。

 

 

だから、自然とできる人はできるよ♪と思っていましたが、バスケを通じてふと思ったのです。。。

 

 

出来る人の発想で教えてもちっともできる様にならない子がいる。これ、マッサージも同じじゃないのか?と。

 

 

やはり、教えるという行為は必要であり、マッサージされたい一般の方じゃなくて、施術者として、マッサージをする側の人に教え伝えることをしていく意義はあるんじゃないか?

 

 

そう、思いついたのです。

 

 

具体的に、な〜んも決めてません、といいつつ、どうアプローチしようかな〜とか考え始めてはおります。

 

技術論や儲かりまっせ的なノウハウではなく、純粋に、マッサージを教えることをしていきたいと思ってます☆

 

 

 

 

 

  • 2018.03.08 Thursday
  • 10:54

灸屋

知識×技術×経験=??

??の部分に何がくるのか?

 

灸屋もなかなか答えが見つかりません(汗)

 

なぜならば、この条件を有したプロの方が必ずしも評価を得ているわけではないからです。

 

自分のカラダの支障をどーにかしてもらいたい

 

と思ったときにまず思う期待する要件だと思うんですが(´・ω・`)

 

 

知識は今や、覚え込む時代は終焉を見ており、膨大な情報はクラウドにより多くの人に共有され、特別なものでなくなりました。

 

技術は時間をかけて習得されるものでモチロン、クラウド共有されません(笑)が、それゆえに独自性も強く、不特定多数の方とのマッチングも高いとは言えません。

 

経験は知識、技術の礎でもあり、理論を超えたものをもたらす事もありますが、普遍性があるものは経験値とするには弱いし、独自性があるものは説得力に欠けるという…

 

 

灸屋が知識や技術や経験をディスりだしたぞ、と思われませぬように^^;

 

モチロン生涯勉強、日々向上であります。

 

 

ただ、自戒を込めて言うならば、カスタマーファーストが第一義である事が全てであり

 

お客さんが灸屋を選択された事に、どれほどの価値をもたらす事ができるのか

 

この一点こそが肝要であると思うのであります。

 

 

特に、人のカラダ、もっといえば、人生、生活、生命に関わることは一様ではないですし、必ずしも期待にすべて答えることが出来ないことが大前提だからです。

 

「元気で死なないカラダにしてくれ」←誰しもが望む究極のオーダーには添えないのです。

 

 

灸屋は、よりよい生活のために、という意味で対話の中で競技スポーツに限らず、日常に運動を取り入れる事をオススメすることが多いです

 

 

運動のリスクについて学ばないのは無責任であるし、学んでいますよ、という事がカタチにならないとわかりづらいので、検定を活用してみることにしました

 

 

ね、知識等をディスってないでしょ?

 

 

知識と経験がケンカすることもありますが(笑)謙虚に学びたいと思います♫

  • 2018.02.10 Saturday
  • 06:35

灸屋

バカって治る?

『バカは死ななきゃ治らない』

ことわざですかね?一応ことわざみたいです。

 

じゃ、死んだら治るのか?という事で、「死ななきゃ」、なのか「死んでも」なのかで説が割れているという話もありますが、

お前ダメ人間!改善の余地なし!!という見放した意味が常用みたいです、悲しいかな(´・ω・`)

 

 

法華経には「良医病子の譬え」があります。
優しいお父さんが病に苦しむ子どもたちのために絶対に効くって薬を授けたのに、

苦いそうだマズそうだとケチつけてそのくせ痛い苦しい言ってて全ッ然飲もうとしないんで、

子どもたちに、父が仕事先で死んだ、という嘘ニュースを伝え

悲しんだ子どもたちが父の遺してくれた薬をようやく飲んで病が寛解すると

父親も帰ってきて良かった良かったって話。

 

 

 

僕はバカは死ななきゃ治らないについて、オリジナルな解釈で話すんです、

「バカを治すために死ぬのは誰か?」ってところを。

 

 

バカは治る、でも死んでから治るっていうなら、ぼやぼやしてないで早く死ねってことで、これじゃまるで希望がない。

自分の死ではなく、アナタが失いたくない大事な人の死に触れて、人は盲目から目を覚ます、より強くなれるんだ、という解釈が、この言葉の意味ではないだろうか、と。

 

 

 

昨日、妻のおじいちゃんがなくなって、これでもう僕ら夫婦には両親も祖父母もいなくなりました。悲しいですけど、順番です。

次はもう僕らの番です。

身内が亡くなるごとに賢くなったとは言い難いですが、悲しい別れがあるたびに、

人間として大きな成長の機会を与えてもらったことに感謝してます。

 

 

我が子、次の世代の成長を最後まで見守りたいですが、最後を看取るようじゃ順番が違うので、

こうやって生命のバトンタッチをしていくんだなと。

自分が成長し、また次世代の成長の種を撒く

 

 

そのために、充分に価値ある人生にして、大きなインパクトを残して逝けるように一瞬一瞬を精一杯頑張ろうと。

過去の人々のためにも、未来の人たちのためにも

  • 2018.02.01 Thursday
  • 12:04