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ごあいさつ
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灸屋

こんにちは!!


懐かしいですね、仙台にいた時、塩釜で撮った写真です。

・・・相当小さいな、わが子らが(-_-;)

いま中1と中2なので、どう見ても幼稚園児のこの2人からすると8〜9年くらい前になりますでしょうか??

おかげさまでスクスクと育っております。
毎月30kgお米がなくなります((+_+))


我が子にも繰り返し徹底をして教えますし、実は大人だってなかなか実行できなことがあります。



「挨拶」です。


しませんか?シカト。

「あれ、あそこにいるのは、〇〇さんだよな〜」


って気づいてるのに、挨拶しないでスルーすること。


挨拶って勇気と、そのひと手間を惜しまない根性?みたいなものが要りますよね(笑)

ex「もし挨拶して、会話が伸びちゃったらどうしよう、わたしそんなに引き出しないのに。。。」
ex「挨拶したのにスルーされたらいやだなあ〜。。。」
などなど



子どもたちは「危ないから知らない人に話しかけられたら返事なんてしない、相手にいしない」と教わります。

僕らは全く逆で、自分の記憶にない、知らない人だからって挨拶しないと叱られたもんですけど、世の中の常識というのは本当に簡単にひっくり返りますね。



でも結果、ですけども

どうでしょう?挨拶する子としない子。
どちらの方が“幸せ”そうですか??



僕は、厚かましいとか馴れ馴れしいという資質もありますが、結構遠くにいる人でも見つけあたら挨拶してます。
してるつもりです。メガネしないで裸眼の時はスルーしてるかもしれませんが(笑)

多少苦手な人でも挨拶してます、誰が苦手かは、イチイチ言わないですけどもww


僕は、挨拶するとすごく気持ちよくって幸せ気分になります。

挨拶したが為に、運悪く事件事故に巻き込まれた、ということもないし
逆にあいさつが普段できないが為に面倒なことになる方が予想されるので

親子ともども、挨拶しましょうと言う方向性でおります。まだまだ未熟ではありますけども。


いや、そんなことない、灸屋、アナタは分かってない、世の中怖いんだ

挨拶がきっかけでとんでもないことになった

ということもあると言われれば、そりゃまったくないとは言いません。


言いませんけども、大事なのは、もし、とか万が一の、たらればよりも“実際問題”で、


2014年9月現在、アナタはどうでしょう??


世の中って、やっぱり挨拶しない方がいいような感じですかね??



僕は、挨拶しないことで、イッパイ損してる子がいるんじゃないかと、そう思えてなりません。

大人でも、挨拶できない人って、どんなに有名能力ある人でも、残念感ありませんか?
僕は残念感、ビシビシ感じてます。


すげーい〜っぱいいます、挨拶しない人。

さて、今後どうでしょう?挨拶って。。


世の中、挨拶いらないですか?僕は絶対に要ると思います。

するべきだと思います。もっと積極的に行うべきだと思ってます。子どもたちにも挨拶を奨励すべきだと思ってます。




 
  • 2014.09.08 Monday
  • 17:43

灸屋

またオリジナルな試み



ひらめいて、昨日より始めてみました。

何を閃いたか??

イメージ的には「手渡しカルテ」です。




以前から記録というのは、いったい誰のものか?ということに疑問を持っていました。
病院にかかると、カルテが作られますが、ほぼ間違いなく病院に保管されます。当たり前なんですけど(^_^.)

でも本来2つ意味はあると思うんです、医療提供側の記録と、医療受給側の記録。

どんな治療をしたのか?というのは医師が記録として書いておくし、その時の治療の選択や、処方を記録しておくのは医師の為。体調やその他患者本人が話したことの記録は、患者の個人情報だから考えてみれば患者に由来するんじゃないのかなと。


でももし、そういう区別でカルテが2つあって、両者がそれぞれに保管するのは非常に効率が悪い。

患者側も別に医療問題でも起こらない限り、カルテが欲しいとも思わない。


ということで、カルテについては考えるのも棚上げしてましたが、本当にふっと思いついて、カルテとお手紙の折衷案みたいなものがポッとアイデアに出てきましたw


今日はこういうことをやりましたよ、こういうお話もしましたね、という内容を簡単な文章にまとめ、一筆箋で帰りにお渡しするというカタチを思いつきました(#^.^#)

捨てるも自由、なくすもOKなもう1つのご自宅お持ち帰りカルテ(笑)



なにせ大多数の方に対しては、結構しゃべるので、自分もしゃべりっぱなしで終わるのには、ちょっと問題あるなと思っていたのもアリ(笑)


調子よくしゃべりすぎて、これを書くこと自体忘れる場合も当然考えられるので、ツッコミ宜しくお願いします。










 
  • 2014.09.05 Friday
  • 09:07

灸屋

ものの見方

こんな記事がありました。
http://jp.wsj.com/news/articles/SB10001424052970204091304580127133313128978


一方ではこんな記事も。
http://jp.wsj.com/news/articles/SB10001424052702303959804580091011227223340



「やりがい」を見いだせない、という記事と、もう一方では
ベスト10ランクのうち実に6つもの職業で高額所得にランクインする医療関係。


まず最初の記事での問題点は医療行為を、医師→患者の、
一方向的なものとして考えてられている部分が多分にあると思います。

勿論その裏側では患者→保険者→医師という(医師というよりは病院というステップをもう1つ書き足すべきでしょうけども)お金の流れがあって対価報酬があり
その流れを引き込むことができる(それが知識や技術であるのか、マネージメント的なものであるのかは触れませんが)
医師のところにはものすごい流れ込む、それが結果2番目の記事のようになるということだと言えると思います。


ただ、最初の医療行為の上での関係性が実は、一方向的なものではなく、
医師⇔患者という双方向性の関係こそがあるべき姿だという、そういう趣旨の話をしているんだと解釈しました。


こういう言葉があります。

 


「先に慈愍心(じみんしん)を起して、
財利を規(はか)ること莫(なか)れ。
我已に汝の為に療疾中の要事を説く。
此(ここ)を以て衆生を救い、
当(まさ)に無辺の果を獲(う)べし」


医師は慈悲の心を起こして、病人を救い、財利を貪るようなことがあってはならない。
医療でもって衆生を救済し、その結果、限りない功徳を得ていきなさい、
という意味です
(川口洋一著 生命哲学入門掘


勿論僕も医師ではなくとも、肝に銘じておりますが、
さすがに財利を貪らないまでも対価を頂戴しております(^_^.)

それはその時代時代の世相に合わせた形でいいのだと思いますが、
根本的な精神の部分で大事なことは、自利のみではダメだということです。

人もうらやむような名声や報酬を手に入れたとしても、
自身の充実感や満足感、幸福感とは全く別の話であるし

患者さんと、人間と人間の向き合い方出来なければ、相手も自分も救えない、ということです。



ま、ちょっと難しいことを言うと、自分でハードルをあげちゃうので怖いんですけど(笑)

気になった記事だったので紹介してみました☆





 
  • 2014.09.04 Thursday
  • 12:52

灸屋

お待ちしてます

ついに来ましたね


2学期始業の時が。


世の中のお母さん、お父さん始め保護者の皆様

大変にお疲れ様でした。



そして予想というか予報を裏切るこの涼しさ。


各所で心配されてます、「夏の疲れ」


ドッと出る頃ではないかと御推察申し上げます。


この夏も、灸屋の旗印ともいえる「温灸」は続けて施灸させていただきました。それだけのニーズがございました。


やはり“温める”ということの意義は深い、深いな〜と我ながら感心しきりでございます。


まして、このどっと疲れがあふれ出るシーズン


温灸こそ必要不可欠

と申しても「話を盛ったなこの野郎」とは言わせないほどの結果はあるかと思います☆


タイムリーにももぐさを買い足しのこの時期に

今回はもぐさのグレードを【特級】にしております☆☆☆


鼻ク・・・・いや米粒ぐらいで使うクオリティを持つもぐさを、温灸用に、グーくらいの大きさで使うこの贅沢さ


煙のせいか?涙が止まりません(^_^.)札束燃やしてるようで・・・

でもそれだけの価値がある、温灸でございます。


ぜひお試しあれ



 
  • 2014.09.01 Monday
  • 15:22

灸屋

なとぅ休み


今週はお盆休みですね〜どこもかしこも。

灸屋も日中だけはお休みをいただき、大学でスクーリング講義を受けてました。
神経生理と社会教育という分野を学ばせてもらってます。前者はともかく後者はなに?ということですが

例えば一例を申しますと、揉んでハイ終わり、ということだけはナシに
広く一般に健康についてお伝えしたり(講座を持ったりという活動もそうですし)


健康についてアドバイス差し上げ、それをご納得いただくということは広義で言えば“生涯教育”ということになります。


灸屋はつねにしゃべり倒すわけですが、相互に自分自身も学びながら、自分の持ち得た知識や技能、経験をもってご要望にお応えするとこは
社会教育の範疇に充分あるだろうということで、この講座を受講したわけであります。



思っていた以上に大変勉強になり、地域の中で自分を活かす、ということについてもっと学びたくなりました。

ちなみに、宿題のゴールの見えない子どもたちを従えてキャンパスへ。


近くに美術館があるのでその見学と、レポート作成が主たる目的で、ロビーのカフェで宿題をやってましたww


なんちゃってキャンパスライフデビュー

数年後は実力でよろしくお願いしますw




 
  • 2014.08.15 Friday
  • 22:17