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自分らしい父の日

画像を撮る間もなかったです。

今日は午後から部活の外部指導


そのまま夕方から体振バスケ

体育館にだいぶ長い間居ましたね(  ̄▽ ̄)


特に夜の開放バスケはザックリ数えて60人(笑)

まともにバスケ出来る環境ではないです(笑)

それでも場所をシェアしながら出来るだけ多くの人が時間と空間を楽しめるようにと。

頑張ってますが、さすがに記録係までは手が回らず(笑)

大半が中学生以下の参加でした。大人が市民総体に向けてバスケするはずの場所ですが、何かシックリいった感じで未来への種まきといった感覚でこの盛況を楽しんでます(⌒‐⌒)


チビさんから思春期小僧たち&若者に囲まれて迎えた父の日

地域の“親父”としてはなかなか、らしさのある父の日だったかなと♪
  • 2015.06.14 Sunday
  • 21:42

忙しい日々



数回前に書きました通り、おかげさまで充実した日々を送らせていただき、ブログの更新も遅々として進まない毎日でございます。

もっぱら、LINEの中で中学生向けにコメントを発信したり、FBでくだらないことを書いてみたりするのが常であります。


世のお父さんがいないはずの平日日中にウロウロしてるのを見ている地域の方に言わせれば「仕事をしてるのか?」と、いう疑問も当然ありまして(笑)

一方で、しっかり仕事をしている様子を御存知の方からは「いつ休んでるの??」というありがたくも呆れた風のご感想をいただいております。

営業車で昼寝をしている企業戦士を横目に、シューティングなどをしてる灸屋ですからさぞかし時間を持て余していると思われがちですが「価値的に生きる」が大事であります。


世の企業戦士の方々が、移動の時間、寝てる時間、サボってる時間、慣例的で無駄な時間、を有効に使っている、とだけ説明しておきます。


さて、そうやって時間を有効に使いながら仕事の合間を縫って地域指導として中学校の部活へ行っておりますが、極端な話、指導をしている子たちがみんなバスケを楽しんでくれればそれでもう役割は十二分に果たしているわけですが、部活動というのは、学校活動の一環としてどうしても学校教育の一端として期待をされます。

僕に言わせれば発想の順序は全く逆で、「スポーツはスポーツ、学校教育もしつけも別の話。学習は学校で、しつけは家でやってきて」といいたいですが、現実そうも言ってられない事もあります。


もちろん、社会教育を学ぶものとして生涯学習のステージとして部活動をうまく利用するという気持ちはあります。が、「学校教育」と、「社会教育」はそもそもが違います。

ここら辺の話をじっくりしようと思うと、えらい時間を要するのですが、一側面として画像の新聞記事を挙げました。

金と時間と愛情を注いできた我が子がこれでは本当にガックリした拍子に首が取れそうですね(^_^.)

まったく無目的に、ただみんながそうだから、と学校教育を額面だけ履修して、自立をするための社会教育をないがしろにすると、戸籍年齢に関わらず、アタマの中身は社会性ゼロのまんまカラダだけ大きくなっていくということは、あり得るということが言えます。


社会を形成する一員として、子どもたちの教育というのはオトナ全員の責務です。

自分にできるアプローチとは何か?

もちろんそんなこと全く考えてない人の方が実は多いと思います。

地域活動が「めんどくさい」「忙しいから無理」という人が多くて、地域の活動が衰退しているのがなによりその証明となります。

これも僕は発想が全く逆です。地域こそが大事で、そのために尽力すべきであり、仕事も究極的にはそのためにしているはずです。

は?仕事は自分が飯を食うためだろ、↤いいえ、それは本来の目的の一端です。

社会が安定してないのに、飯を食えますか?仕事がありますか??

自分が飯を食うための仕事も、社会の安定があってこそ、じゃないでしょうか??つまり社会活動というのは、最上の目的になるはずです。



ここまで説明してるだけでも相当な行数になってしまったので、またブログ更新をためずに、簡潔に続きを書けたら、書きます。

忘れてる可能性大ですが(笑)

 
  • 2015.06.09 Tuesday
  • 14:43

キーケースを



キーケースを頂きました(^o^)

早速使わせていただいておりますという話を


この度初の

スマホから投稿してます(^o^)

ついにPHSをスマホに機種変しました。

まだまだ霧の中にいるような手探り状態ですが

使いこなしていきます( ̄∇ ̄*)ゞ
  • 2015.04.07 Tuesday
  • 23:33

卒業式挨拶全文

JUGEMテーマ:日記・一般


平成26年度卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。
保護者の皆様にも、心よりお祝いを申し上げます。
3年間、ご指導を頂きました先生方に保護者を代表して御礼申し上げます。
また日頃より子どもたちを見守って下さる来賓の皆様はじめ地域の方々にも
厚く御礼を申し上げたいと思います。
 
もう昨年の春になりますが 入学式の際に、新1年生に向けて
こうあいさつしました。
「中学校では、自分の責任においてチャレンジする機会が増えてくるはずです。
それがすべて成功するとは限らないが、諦めず何度でもチャレンジする、
その勇気を持つためにも、信頼できる友人を創ろう」、
というお話をさせていただきました。
 
この話の意味を、3年間友情を育んできた、卒業生の皆さんであれば、
理解してもらえると思っています。
 
部活動に、勉強に、生活に、この3年間、思い通り成功したことはもちろん、
思うような結果が得られず、何度も挑戦することがあったかもしれません。
繰り返し挑戦をすることにめげてしまうこともあったかもしれません。
それでも、大事なことは諦めず挑戦する勇気を持つことです。
 
信頼できる友人を持つことで、その勇気と、智慧と優しさを学びます。
 
(例えば)勉強でも、部活動でも、(運動会などの)行事でも、
自分独りだけで乗り越えられるものは
現実にはほんのわずかしかありません。
 
受験や、また病気や怪我といった
「自分が頑張る以外にはない」、というような時でさえ、
そばに友だちがいてくれた、励ましてくれた
 
おかげで安心できた、やる気が出た、
途中で投げ出さずに挑戦できた、と感じることがあったと思います。
 
助けてもらうばかりではなく、友だちと一緒に頑張ろう
また、友だちのために自分に何かできないだろうか?
そう考えられた時の、自分の思いもよらない力を、
実感したことがあると思います。

「友人と共に」
そう考えられることが優しさであり、
「友人のために」
悩んでこそ智慧が湧いてきます。

その智慧と優しさこそ人が、成長するために大切な
勇気の源泉となるのです。
 
春から学区を超えた広い世界へと巣立ち、
新たに多くの友人との出会いがあると思います。
これまでとは違い、まったく環境の違うところで育った者同士が
1から友情を育むことになるはずです。
 
これまでと同じように、友人を大切に
愉しく、悠々と
さらなるチャレンジを謳歌して歩んでいってください。
(最後にこの一節を贈ります。)

人生の真の「充実」をどう自分でつくるか。どう自分が動き、実感するか。
それが大事である。
人に言われてではなく、自ら目的を創り、あえて困難に挑戦していく。
努力を続けていく。
その中でこそ、自分自身の「能力」も「人格」も大きく開花していく。

中原中で培った友情と、チャレンジの経験を活かして、
勇気ある人、行動する人としてさらなる活躍を期待しております。
以上、卒業生へのお祝いの言葉と代えさせて頂きます。
おめでとうございました。

 
  • 2015.03.13 Friday
  • 19:20

成長期



我が家にしては珍しく早くから飾りまして、3月3日を迎えることができております。

思春期、反抗期についてちょっと思いを巡らせてみました。

我が家にも中学生が2人おりますが、むしろ一番下のこの春小学生が一番反抗します(笑)

反抗期は成長の上で生理学的に正常なことである、というのは細かく調べることなく「へーそうなんだ」程度の認識です。

ただ、反抗とは何を持って反抗なのか?と思うと、自分の意見を言うこと、と、生理学的に男女の別を意識する

ということじゃないかなと。

「ウルセー!」とか、「死ねクソババァ!」とか口に出すことが正しいとは僕は認識しておりません。

そこで矛盾するのは、自分は散々親に悪態をついてきたので、正常な生育過程を踏んでないことになります(^_^.)

ともかく、反抗というか、成長の過程で考えるのは教育の場、というものが、家庭教育、学校教育に加えて

【地域教育】の重要性を改めて感じさせられることです。


一昔前のおおざっぱな教育論、ガツンと一発鉄拳制裁とか、思春期に荒れたり反抗したりするのも成長の過程、と言ってられたのも

当人の親や先生とは別に、フォローしてくれる第三者がいたからこそじゃないのか??と私見ながら思います。


目立たないかもしれませんが、大恩をしてくれた人ほど、意外と意識から消えていたりするものですが、よお〜く思い返すと

そう言う第三者がいたからこそ、理不尽な状態にもどうやら均衡を取れていたように思います。

昨今、悲惨なニュースが目につきます(当然、マスコミがそういう風にしてるので凶悪事件の絶対数の問題ではないですが)

思春期に、「地域の第三者」たる気楽なオジサンオバサン、おにいさん、おねえさんがいてくれる世の中こそ、反抗を含めた成長を、寛容に見守り、育ててくれるんじゃないでしょうか??




 
  • 2015.03.03 Tuesday
  • 12:29