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灸屋

パンプキン



待合室とは名ばかり

予約制で承ってますので、ウェインティングってのはないのですが(笑)

ご家族連れだってのお越しのケースなどありますので


なにかないかなあと、バリバリの健康専門誌だと重いしなあ〜

と思ってたとこに


ナイスな雑誌が(*´∀`)

スペースも潤沢にはありませんので、雑誌の種類が充実ってことも正直ないとは思いますが


今後もちょうどいい♪を見つけたら採用したいと思いますO(≧∇≦)O
  • 2016.03.21 Monday
  • 08:54

灸屋

年に一度の涕泣日



本日、青色申告会のご指導を受け、申告を済ませることが出来ました。

営業の方は定休はございませんが

顔じゅうから汁が出るほど泣き崩れたくなるこの日

どうにか、灸屋ジョー、立ってます・・・あれ?ジョー、どうしたんだ、ジョー!!




 
  • 2016.03.10 Thursday
  • 16:32

灸屋

腰痛について再考します

NHKスペシャル 腰痛・治療革命


かつて、平塚で同じ時期に開業された伊藤先生に紹介していただいた「腰痛はストレスである」という書籍とともに

伊藤先生の話を伺い、なるほどと感得、以来、自分なりの腰痛に対する考え方を構築することとなりました。


ここ最近、腰痛の方が頻発されているので、改めて記事にしてみようと思った矢先、その伊藤先生がFBにてリンクシェアしていた記事をそのまんまパクリ活用させていただき、付記していきたいと思います。


僕はまず腰痛に対する、正確な現状把握、をしてみてくださいとお話します。

すでにここが難しいんですが、「理屈はいいから早く何とかしてくれ」、というのが概ねのカスタマーオーダーです。

ですが、その発想がすでに間違えていて、何とかするのは本人であって、僕はそのお手伝いをするにすぎません。


金を獲っておいて責任回避か!そうではなく、最良の方法論として、アシストすることを明示しているのです。


腰痛のすべてではありませんが、多くの場合、生活や仕事、スポーツに支障があるほど腰が痛いので、お金を払ってでも早くどうにかしたいとおいでになるのですが

その肝心な痛い場所を尋ねると、異口同音に

「ここらへん」



とおっしゃいます。そんな大変な痛みなのに、ここらへんって、どうしてアバウトなんでしょう??

これは身体に限らず、機械でもそうですが、症状が出ている箇所に押しても引っ張っても異常がないのだから、

原因は別にある


と考えるのが一番シンプルな考え方ではないでしょうか?


同様に、痛みの表現を「響く」と仰る方もまた多いように思います。

響く、というのは、音源ではなく反響ですから、やはり別の場所に元がある、と考えるほうが自然だと思います。


灸屋では、まずそこの話から進めさせていただいてます。


今日のところはとりあえずここまで( *´艸`)





 
  • 2016.02.18 Thursday
  • 10:46

灸屋

年頭所感  仏教医学と灸屋

2016年、灸屋スタイルについて
以前ちょっと書いたような気がしますが、つらつらと書いてまいります。

と、編集状態で停滞し、はや月末間近。

もう全然年頭じゃないwさてそれではいきましょう。



そもそも仏教医学ってなんだ?と思われる方はウィキって下さい。
そのうえで先に進みますが、一般的に、現代医学と仏教医学というのはおよそ相容れない印象がある、というのが大勢かと推察します。

ですが、実際には現場において大いに取り入れるべき要素が、これまた多分にございます。

僕なりにそれをまず最初にざっくりと一言でいいますれば、それは「ホスピタリティ」と言えるかなと思います。


「ホスピタリティ??なんだよ、ただのおもてなしの事かよ、仏さまみたいにいつもニコニコ接客応対で差別化っていうことか?」

さにあらず。


ちょっと飛びますが、以前に“エビデンス”を声高に言う人をあまり信用できない、的なことを書いた気がします。


もちろん、客観性に乏しく根拠もない、まったくの主観をよしとしてしまうのは良くないです。

記憶に新しい事件で、赤ちゃんの頭をぐりぐり捻り回してそれを治療だと称して殺害した事件があったかと思いますが、エビテンスを整備しないとああいうのが出てきてしまう、という懸念はあります。

でも、今現在このような情報があふれる時代においても、そんなトンでも治療に通っちゃう人がいるのです。なぜか。

エビテンスという言葉が、苦しむ患者さんが正しい治療を受けるためにある言葉ではなく、治療がうまくいかなかった場合に訴えられたりしないようにという、医療側のプロテクトだろ、という語意を一般の皆さんに見透かされてる、ということが、あるんじゃないかと。

だから、エビテンスがあるなし云々よりも、結果を求めた患者さんが自分で検索し、自分の感覚で選択した結果、トンでも治療を信じてしまう、おかしいなあと思っていても、確信がないままズルズル、ということが起こるのだろうと、推察しております。



『同苦』 ひとの苦しみを我が苦しみとす


仏法におけるこの考え方ひとつとっても、いま病気、ケガ、生死と誰しもが必ず向き合わざるを得ない問題を抱えた人々のために、必要とされているモノが一体何か?を深く考えさせられると思います。


それを考えたときに、それは、理屈なのか、心なのか、技術なのか、保証なのか

生まれ、そして死ぬという必然の上で、「治る」とは時間を巻き戻すことでも、病気やけがをなかったことにするわけでもなく


切り離したり、切り落としたりして、数年の余命を得ることでもなく


エビテンスにのっとっている治療がすべて万能で、永遠の命を与えてくれるわけではもちろんなく。。。



さてもうひとつ、『三証』文証、理証、現証という考え方があります。


薬に例えると、なにか患っていらっしゃるとしましょう、効果効能についての説明をみてその薬を手に取るわけです。これ文証。
そしてその成分や、検査結果、研究結果などの裏付けをみてさらにその効果に期待を寄せます。理証ですね。
最後に、実際にその薬を使って効果があった!という事象をもって「この薬は効果がある!」となるわけです。現証です。

この中で一番大事なのが、実際に効果があった、という事ではないでしょうか?

いくら効能記載がいいこと書いてあっても、実際に効き目がなければなんの意味もないことで。

仏教医学が大事にしているのが、この最後の現証です、理屈は大切ですが、実際結果を出すこと以上の説得力はないでしょう?



前述のとおり、何事にもバランスは必要で、この考え方を曲解してしまうと、効果がありますと喧伝して上記のトンでも治療を生む可能性が出てきてしまいます。


だから、医学というのは扱う人の心が問われる、と思うのです。これに、西洋医学も東洋医学も差異はないはずです。



年頭所感、具体的な治療方法についての特色を謳っているわけではない話ですが、健康とは生きること、そして死ぬこと、どう生きるか、どう死ぬか、そういう人間の『生きる』というテーマに少なからず向き合う時に、どういうベースをもって向き合うのか?という事は、医療に限らずかもしれませんが非常に大切なことです。





灸屋カレンダーにも、スローガン?テーマ?なんというか、ロゴと一緒に記載させていただきておりますが

「一人を大切に」


まだまだ、人生半ば、経験も人間形成もまだまだではございますが


生涯向上を目指し、2016年も灸屋、頑張ってまいりますので


皆さん張り切ってカラダを故障してくださいとは言いませんから(笑)


皆さんの最良の息抜き場になるよう、努めてまいります。よろしくお願いします(´▽`)


 
  • 2016.01.03 Sunday
  • 15:41

灸屋

謹賀新年



2016年
新年明けましておめでとうございます?

昨年末はすっかりブログも滞り、ご挨拶もせずに新年を迎えましたが、おかげさまで31日まで仕事をさせていただき、灸屋として充実の1年を締めくくりました。

最後の最後までご用命頂けるということには、ただただ、感謝の気持ちで一杯でございます。

微力、と謙遜すると対価を頂く生業としてはいささか問題があるようにも思いますので、多少はお役にたてる人間と自負しております。


日々、生涯常に向上の精神で、皆様の健康にお役にたてる灸屋として今年も頑張ります

灸屋の精神

1人を大切に


今年も変わらずこのスローガンで?
  • 2016.01.01 Friday
  • 17:01